2016 年、ミルケアの顧問に就任された小西行郎先生は、京都大学の医学部を卒業後、小児科医として現場に入りながら赤ちゃんや子どもに関わる研究をなさっています。
自分の子どもや自分に合った子育ての方法が、小西先生の歩みから見えるかもしれません。

早期教育より赤ちゃんが自ら行動し、学習できる環境を

「お腹の中で命が芽生えたその日から約1000日間」のためのサービスを提供するミルケアですが、胎児から誕生後2歳までの約1000日は、赤ちゃんの成長にとって、どんな位置づけにあるとお考えでしょうか?

21世紀の始まりにニューズウィークが早期教育の特集を組み、それから脳を育てるといった言葉がよく使われるようになりましたし、「~歳までに」のような言葉が脳科学の進歩ともによく使用されるようになりました。

超早期教育という言葉が使われ始めたのもこのころからです。私は基本的にこのブームに危機感を覚えていました。2歳だろうが3歳だろうが、この時期までが特別にというわけではなく、育児はそのときそのときが大変であり、大切なのです。

ただ、幼児期はヒトとしての基本的な力が育つ時期ですし、保護者もまだ十分に子どもを知らない時期ですから、この時期を大切にともに過ごしてほしいとは思っています。そのためには今の保護者の方には「脳を育てる」のではなく、基本的な生活、および生活習慣をきちんと守ってほしいと考えています。

つまり、よく寝て、ちゃんとしたものを食べて、日に当たって運動する。この基本的なところを守ってほしい。この時期の子どもは自ら動き、感じ、そして考えて、自らの身体や環境を知ろうとしており、そのためには健康な体をつくることが何より重要なのです。

自ら学ぶ時期、そして教えられて学ぶことも知る時期、それが保育と幼児教育の時期の違いではないかと考えています。とりわけ、乳児期が大切なのは全く知らない世界に飛び込んだ赤ちゃんが、自ら行動することによって情報を収集し考え、自らの身体や自意識のようなものを造りこんでいく時期だからなのだと思います。

先生は、発達障害と診断される子どもが急増している原因は、子ども自身にあるのではなくて、社会変化のなかで、大人の「子どもを見る目」が大きく変化したからだと仰っていますよね。どのように変化したと考えていますか?

私は大きく分けて二つあると思っています。一つは過剰診断や過剰な関心です。それは子ども観、あるいは発達観が十分に討論されておらず、少しでも大人にとって都合の悪い行動をするとすぐに発達障害と言ってしまうといった風潮があるからだと思っています。

そうしてもっとも重要なのは、子どもをめぐる社会の変化ではないかと思っています。つまり、育児情報の氾濫の中で、少しでも「頭のいい子」を育てなければいけないという脳神話のようなことがまことしやかに語られ、いわゆるよい大学に子供を入学させた親がしたり顔に育児を説くというようなことにも見られます。

一方で、親たちの労働環境の悪化は育児にも大きな影響を与え始め、睡眠、栄養、運動といった当たり前の育児が完全に崩壊しているような状況があると思います。睡眠障害(あえて睡眠不足とは言いません)、栄養障害などが急激に増加し、育児の常識が崩れ今のお母さん方は早寝というのは午後10時と考えているようです。栄養もまた同様で、母乳育児の徹底によりビタミンDや鉄、亜鉛などが不足し、一度は日本から消えたと考えられていた「くる病」が増え始めてさえいるのです。

つまり、育児情報の氾濫はお母さんたちにHow toばかりを教えていて、育児の基本を忘れさせているのではないかとさえ思います。

赤ちゃんの不思議、裏にその子なりの戦略や思い

ところで、赤ちゃんの「はいはい」って何種類あるかご存知ですか?

「はいはい」の種類? 考えたことがなかったです。

「はいはい」の種類は4種類。小児科医であればだれでも「はいはい」の面白さに気付くはずと思っていたのですが、あまり今の小児科医は興味を持たないようですね。「はいはい」は「ずり這い」、尺取虫のような「はいはい」「四つ這い」「高這い」と発達の中で変化してゆきます。

ではなぜ「はいはい」にこうした変化が生まれるのでしょうか? 筋力が付いていくからでしょうか?

私はこどもの認知能力の発達が大きく影響していると考えます。つまり、「ずり這い」は周囲を探索する行動ですから、赤ちゃんは頭を低くして床に這いつくばい、はいはいをしながら床にあるいろいろなものに興味を持ち始めます。でもこの運動は自分の興味でしている行動ですから、いきなり呼ばれてもお母さんの方へ行ったりはしません。

一方「四つ這い」や「高這い」ができる頃は他者を意識して、自分が呼ばれたり、見られていることを知るようになりますから、呼ばれたらその方向へ行くことになります。もちろん「はいはい」の中で邪魔をされたり、何かにぶつかったりすることで恐怖心や怒りなどの感情も芽生え、達成感も育まれるのです。

ところで、四つ這いする赤ちゃんをじっくり観察されたことはありますか? これは極めて面白いのです。おそらくこのような肘をついた「はいはい」をする動物はヒトだけではないかと思います。その他の動物は膝をつくようなことはないからです。

さらによく見ると頭がほとんど上下運動をしないのです。そうして重心移動を見ると見事に四つ這いの赤ちゃんの重心は左右に大きくぶれるということはないのです。

こうした運動に興味を持たれたのが、一流アスリートの室伏氏や為末氏と聞いています。彼らにとっては赤ちゃんの「はいはい」に、ハードルや砲丸投げの重心移動と共通点を見出したのかもしれません。2年前に赤ちゃん学会の講演で為末氏のお話を聞かせていただいたのですが、いくつも赤ちゃんと共通する話が合ってとても楽しかったことを思い出します。

現在の育児の中では「はいはい」についてお母さん方が心配されるのは、「はいはいするか、しないか」と「その時期」のようですが、もう少しこの面白い運動を観察して赤ちゃんの不思議に触れていただきたいと思います。

子どもに簡単にレッテルを張るのではなく、「どうしてそういったことをするのか?」「なぜこんなことをするのだろうか?」など興味を持って子どもの行動を見ていると、そこには子どもなりの戦略や思いが隠されていることがあります。それが分かるととても子どもを見ることが面白くなり、「なるほど。そんな手もあったか」などとほほえましい気持ちにもなれると思います。小児科医はこうした観察を通して子どもに触れ、理解してゆくのだと思います。そこにはひょっとしたら「小児科道」というようなものがあるのかもしれません。

育児情報の氾濫によって壊されるもの

そもそも子どもたちの行動を丁寧に観察して、一つひとつの事象を認めていくというのが、なぜ今はできなくなってしまったのでしょうか?

基本的には育児情報の混乱があるように思います。とくにアメリカ育児の流入があげられるかもしれません。ベビー…という名のついた育児方法が。それらはアメリカという文化の中で編み出されてきたものであって、それをそのまま日本に取り入れたことがそもそも大きな問題であったと思います。もう少し伝統を大切にして育児の基本を考えたほうが良いように思います。

子育てに正解を求めてしまうのは、子どもの数が少なくなったことも関係しているかもしれないですね。

そうですね。医学の進歩は多産多死の時代から少産少死の時代へと大きな変化をもたらし、お母さんたちの育児についても家事などはむしろしやすくなり、手はかからなくなってきているはずです。本当は安心して子育てできるように時代は変わってきているはずなのですが、それにもかかわらず、育児不安は強くなる一方です。「育児は大変」というのが社会のコンセンサスとなり、さまざまな育児支援施策が行われています。それは別の面から考えると少なくなった子だからこそ育児に失敗は許されないと思うお母さん方が増えたのかもしれません。

いずれにせよ育児支援にかかわる方々も増えています。それは必ずしも育児不安を軽減する方向へ向かわず、むしろ悪化させる方向にいっているのではないかと思うようになってきました。つまり、親子の自然な関係が、マニュアル化された育児情報の氾濫によって壊され、結局「正しい方法は何?」という混乱がお母さん方に起こっているのかもしれません。

文:Momoko Nakamura

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